おどろおどろしくも華麗な純文学ホラー
『わたしたちが火の中で失くしたもの』
マリアーナ・エンリケス 安藤哲行訳
河出書房新社
マリアーナ・エンリケスはどうやらスティーヴン・キングの影響を少なからず受けているようだ。巻末の訳者あとがきにそのことが書かれているので間違いはないが、作風は別にしても、モチーフがそれを証明しているように感じられる。
何が怖いかといって、人間ほど怖いものはない。この短編集を読むと、そのことをいやというほど痛感させられる。キングの作品でも、少なくともわたし自身はそういった印象を受ける。たとえば、『クージョ』は狂犬病にかかった犬に対する恐怖がテーマだが、その根底には人間というものの恐ろしさが存在しているように思われるし、この恐怖は彼の多くの作品に通底しているようでもある。
マリアーナもそうした、人間に対する恐怖を描出しているのではないか。幼い殺人鬼が非常に残酷な手段で人を殺していったりするし、どうも恐怖の源泉を人間存在に求めているように思える。直接的に描かないが、アルゼンチンに特有の政治的、経済的な恐怖が確かに存在しており、それを個人としての人間に象徴させている。反対意見の人、教えてね。
それとともに、女性ならではの視点で捉えた恐怖というのもある。男性読者としては、「女って怖いよね」みたいな気持ちがあるが、それ以上に、恐怖の女性的側面といったものが感じられる。フェミニズムとはまた違った、ジェンダー特有の何かが読者の心をわしづかみにする。女性の目を通した恐怖とも言えるかな。
ま、読んで楽しい本とは言えないかもしれないが、充実した読書体験はできる。エンターテインメントとしてのホラーは期待してはいけないけどね。
(2019/11/16)