6.日常生活からヒントを拾い出す方法
ありきたりな言い方ですが、あなたが常に様々なことにアンテナを張っている「高感度人間」なら、日常生活からショートショートのアイデアを探し出すことはそんなに困難なことではないでしょう。つまり、あらゆることに好奇心を持とうということになりますが、これはさんざん言い古されたことであり、私も今さらここで繰り返すつもりは全くありません。今回、私が強調したいのは、創作においてはこの好奇心も、ちょっと変わった方法で働かせなければ、あまり有効なものにはならない、ということです。
創作はあくまでも主観の世界のもの。学術的な研究などとは違い、必ずしも客観性は重要ではありません。そのため、同じ好奇心旺盛な人間であっても、もしも探求型の性格であったら、小説家になるよりも学者になったほうが成功するかもしれません。
たとえば、あなたが学校を卒業したばかりの社会人一年生だったら、毎日ネクタイをしめなきゃいけないことに疑問を持つかもしれません。正直なところ、これは多くの人が抱く疑問でしょう。ネクタイに、実用的な存在意義はほとんどありません。せいぜいが、儀礼的あるいは装飾的意味だけです。そのネクタイを着用することが、世の中ではどうしてこれほどまでに重要視されるのか。
この疑問をいつまでも保ちつづけることができれば、それだけでも素質があると言えますが、しかし、そこからすぐに、ネクタイの起源などを図書館で調べはじめたら、あなたは小説家よりも学者向きの性格でしょう。もちろん、探求心は小説を書く上でも大いに役立ちますが、探求だけでイマジネーションがなければ、創作においては十分ではありません。
そこで、もしも疑問を抱いた時点ですぐに探求心がわいてきたら、いったんそれをぐっと抑制して、とりあえずはイマジネーションだけでああでもないこうでもないと悩んでみることをお奨めしておきます。ネクタイの例では、その起源を調べれば比較的あっさりと結論が出てしまうでしょうが、イマジネーションだけを頼りにした場合、結論はなかなか出ないでしょうし、いくつもの結論に達してしまうかもしれません。もちろん、全く結論に達することができなくてもかまわないのです。ただ、イマジネーションを働かせるということが重要なのです。
つまり、日常生活の中で、普段は常識としてほとんど何の疑問も抱かずに受け入れてしまっている全てのことに、改めて疑問の目を向けてみること、さらに、そうして生じた好奇心を、探求という形で解消するのではなく、とりあえずイマジネーションのためのバネにしてみること。好奇心と、イマジネーションの組み合わせ。これを忘れないでください。もちろん、十分にイマジネーションを遊ばせたあとであれば、探求心の抑制を解き放っても全く問題はありません。逆に言えば、イマジネーションが探求心をとんでもない方向へと導くこともあるでしょう。
前回の「言葉遊び」についても、同じようなことが言えます。日頃何の意識もなしに使うようなごくありきたりの言葉の中にも、よくよく考えてみれば非常におかしな言い回しがいっぱいあることでしょう。まずはそれを探してみる。そして、おかしな言い回しが見つかったら、本などで調べるのではなくて、まずは自分の頭だけで、つまりイマジネーションだけで類推してみる。そして、どんなに馬鹿馬鹿しくてヘンなものでもかまわないから、とりあえずは自分なりの解答を出してみる。探求心が旺盛ならば、そのあとで本当の答えを調べてみる。これは同時に、言語感覚を磨く訓練にもなります。
そんなこと言っても、そもそもどんなことに疑問を持てばいいかわかんねえよという方がいらっしゃるかもしれませんが、そんなに難しく考える必要はありません。「これって、やっぱヘンだよな」と思ったことをそのまま対象にすればいいだけです。それでもダメだという方には、ここでひとつだけ練習問題を出しておきましょう。そもそも「言葉」という言葉にはどうして、人間の言語活動や思考過程には全く関係のない、植物の一部分を指す「葉」という漢字が使われているのでしょうか? もしかしたら、大昔は草の葉っぱに言葉を書いて思考を伝達していたのでしょうか? それとも、植物にとって葉っぱを茂らせることは、人間にとっての言語活動に相当するのでしょうか? いくらでも想像できそうですが、後者の想像からは、葉っぱでもってコミュニケートする植物をテーマとしたSFのアイデアが浮かぶかもしれませんね。
ただ、好奇心そのものも、単に一通り働かせるだけでは、他の人々と同程度のアイデアしかもたらしてくれないかもしれません。たとえば上のネクタイの例では、ネクタイの起源を探るだけで結論が出てしまい、それ以上のイマジネーションに至らないとしたらどうでしょうか。多くの人があなたと同じ結論に至るかもしれません。しかし、ネクタイの起源を結論づけた段階でも、さらに「なのにどうして人間たちはネクタイを着用することに今もなおこだわりつづけているのか?」という疑問を抱くことができたら、あなたのアイデアは他の人の一歩先をいく、独創的なものになるかもしれませんね。つまり、好奇心そのものを深めることも忘れないように、ということです。