3.まずは特異なシチュエーションを考えよう
「奇妙な味」という言葉をご存じでしょうか?
インターネットでこれを検索すれば、非常にたくさんのページがヒットしますので、詳しく知りたい方はいろんなサイトをご覧になるといいと思います。書名にこれをつけている本もあり、小説のひとつの傾向というよりは、もはや一ジャンルに祭り上げられてしまった感すらあります。
この言葉、私の記憶では、どうやら江戸川乱歩が言いはじめたもののようですが、簡単に言えば、あくまでも日常を土台にしながらも、日常性をほんの少し逸脱するような状況が発生することにより、その日常性と非日常性のギャップによって異様な雰囲気を醸し出すというテクニックです。
もちろん、状況の日常性からの逸脱が極端なものでもかまいませんし、土台を日常においていなくてもかまわないのですが、度を過ぎれば逆効果。そういったものは「奇妙な味」とは呼ばれなくなるでしょう。また、度を過ぎていても面白ければいいのですが、それもやはり「奇妙な味」の範疇にあるとは見なされないかもしれません。
たとえば、この日本で銀行の窓口にビキニの女性がいたら、銀行という日常に対して状況は非常に逸脱したものとなってしまいますが、これがデパートであれば、逸脱はほんの少しのものになるかもしれません。デパートには水着売り場がありますし、試着する女性もいるでしょう。しかし、やはりビキニの女性が平気で売り場をうろうろしていたら、やはりいささか異様な感じがすることは確かです。
つまり、決して荒唐無稽になることなく、あり得るかあり得ないかのぎりぎり境目にあるような状況、ということになります。
ついでに言えば、銀行とビキニ女性という取り合わせでは、銀行という日常をそれ以上のものにすることはできませんが、デパートとビキニ女性という取り合わせでは、デパートという日常そのものを異様なものにすることが可能になるかもしれません。
別の状況を考えてみましょう。上の例では、銀行、デパート、ビキニと、どの要素も「現実」の範囲内に属するものです。つまり、「日常」どうしの組み合わせによって「非日常」を創出しているのですが、今度は日常と非日常の組み合わせによってこの「奇妙な味」を作り出すことにします。
たとえば、宇宙空間や他の惑星で宇宙人に出会ったら、そこには何の特異性もありませんが、もしも銀行やデパートで宇宙人に出会ったら、それは非常に特異なシチュエーションとなるでしょう。
裏を返せば、作品に非日常を導入するにあたっては、かなり注意深くなければならないということでもあります。非日常的要素を二つ以上導入すると、要素どうしが打ち消しあって、どうにもありきたりになってしまうことがあるわけです。「他の惑星」と「宇宙人」が打ち消しあうように。どうしても「他の惑星」を使いたいなら、これと組み合わせる要素は、「宇宙人」ではなく、いっそのこと「ビキニの女性」にするくらいの覚悟が必要かもしれません。
もちろん、この講座では面白いショートショートを書くため、あるいはオチを効果的にするための作品設定という観点から考えていますので、この「奇妙な味」というものは、どこまで行っても単なる一手段でしかありません。日常から少しも逸脱しなくても、あるいは日常から完全にかけ離れていても、ショートショートの傑作を書くことは可能でしょう。
しかし、ショートショートのストーリーやオチを考えるに際しては、この「奇妙な味」は、とりあえず理解しやすい、あるいは比較的取っつきやすい手法ではあるでしょう。また、実作を重ねることにより、かなり勉強になることは間違いありません。
ちなみに私は昔、『理由なき朝食』というショートショートを書いたことがあります。舞台はごく普通のサラリーマン家庭、登場人物はごく普通の親子4人という、どこまでも「日常」の範囲内のものでした。ただひとつだけ、「日常」ではない要素がありました。それは、夜中の1時に朝食を取る羽目になるという「非日常」です。このショートショートはたったそれだけの話で、ほかには何の非日常的も導入していません(ついでに、オチすらもありませんでした)。ホントに、ただ夜中の1時に朝食を食べるというだけの話です。しかし、そのことによって朝食そのものを「非日常」へ転換することはいちおうできたのではないかと思っています。枚数が長かったために採用にはならなかったものの、ショートショートのコンテストで星新一氏から「奇妙な味」の作品として「才能は認める」と評価してしていただいたのを憶えています。まあ、自慢にもなりませんが。
しかし、いざ実際にこの「奇妙な味」を考え出そうとしても、なかなか簡単にはいかないのも事実です。これまで述べてきたことは、あくまでも理想論の域を出ていません。というわけで、次回から実践論に移ることにします。